• 京都SOHO倶楽部メルマガ

     創業者にとって、跡継ぎは今も昔も頭が痛い

     

    今、「パナソニック人事抗争史」が、松下のOBや、業界の関係筋で秘かなベストセラーになっている。

     

    松下電器の当時の松下会長は、幸之助翁の娘婿だが、時代が変わったにも拘らず、「松下家」に拘り、当時の経営陣と衝突した。「松下」のブランドは残す、幸之助翁の孫を社長にすることに執念を燃やし、それ以外の経営課題になかなか断を下さず、後手後手になり、創業以来の多額の赤字、数万人単位のリストラを招いた。世界のエクセレントカンパニーも、後継者問題で、松下も普通の会社以下になった と・・・・

     

    古都・京都には、創業100年を超える優秀な老舗が数多くありますが、後継者問題で苦労されている。その昔、老舗で跡取りが生まれたら、息子が成人する前に、後継者として相応しいかどうか見極める。もし×なら、商売にタッチさせず、お茶や花や歌の趣味の世界に入らせ、娘に養子をもらい跡取りにする。若い番頭などがその候補となることが多かった。

    しかし、その養子が上手く商売に馴染めなかったときは、子供ができたら、その養子を追放することが多かった。西陣で帯屋をしていたが、小生の幼友達に、父親のいない老舗の跡取りが多かった。これ悲劇ですね

     

    京都の老舗には、伝統産業が多いが、お茶の三千家は後継者問題も上手くいき、時たま

    子供がいない時も、他の千家から養子を迎え約450年千利休以来、家が絶えることなく

    栄えている

     

    その他、京都には、戦後創業者が会社を大きくし、後継者問題もクリアしている企業も多い。

    創業家の名前がまだ残っていて、息子は跡取りになっている企業として、堀場製作所、村田製作所、「立石電機」は、立石家の跡取り息子は社長・会長になったが、今は創業家以外の人が社長に、社名も「オムロン」になったが、会社が上手くいっているみたい

     

    先般、岩田社長が急逝した任天堂も山之内氏が、京のカルタ屋を世界最大のゲーム屋に発展させたが、後継者に子供達につがせなかった。山之内氏には、愛娘がいたが、荒川君(事務所の近所のさんび・ブランドで有名な荒川商店の二男坊、小生とは、洛星、京大で10年間一緒、ゴルフ部の主将、小生はマネイジャー)と結婚し、アメリカ任天堂を立上げ、社長になったので後継者になると思っていたが、何故かならなかった。老後、任天堂の顧問にでも雇とて貰うかな思っていたが、残念でしたせん(笑・泣)

LINEで送る