初めての信州北アルプス登山 №8
-
-
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めての信州北アルプス登山 №8
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
頂上付近を仰ぎ見ると空は青く澄み渡っていて最高な天気だ。
時刻は前7時15分を指している。予定通りの時間だ。僕たちは再び頂上を目指し歩き始めた。
もう標高は2700mを越していると思われるが、気持ちの高ぶりがあるのか、息苦しいが意識が朦朧とするわけではない。
このまま行けば、15分後には登頂できそうだ。
しばらくすると修は遅れていく。
彼にとっては今が、一番しんどい時だろう。
(頑張れ!修)
僕は心の中で叫ぶ。
10分ほどすると登山道の道は消え岩の上をよじ登るのみとなっていく。頂上が近い証しだ。さらに5分すると、目の前に巨大な岩の塊が現れた。その岩の上に人陰が見える。
(頂上か!)
頂上へのルートは目の前の岩を迂回するようについている。岩をよじ登り、迂回すると頂上が見えた。
(もう少しだ!)
頂上への道はほとんど岩の上を歩いていく。
(ハー、ハー、ゼ-、ゼー、頑張れ、頑張れ、もうすぐだ)
自分に言い聞かせる。息が切れてくる。
再び目の前に大きな岩の塊が見える。(頂上だ!)
足もとの左側を見ると、崖が垂直に落ち込んでいる。
途中に雲がかかり谷底は見えない。思わず身震いをする。
後ろを振り返り、修の姿を確認する。修の姿は岩陰に隠れて見えない。(先に登るぞ、修!)
僕は心の中で叫びながら最後の岩を登る。
岩を登りきると急に視界が広がる。
頂上の証だ。
(やった!とうとうやったぞ!)
山頂は風が吹いていてまともに歩けない。
四つんばいになりながら歩く。歩くというより、這うという感じ。頂上に立ったときに僕がイメージしていた姿は二本足でしっかりと頂上の岩を踏み締め、両手を空に挙げてかっこよく「バンザーイ」と叫ぼうと思っていたのに…なんと無様な恰好なんだろう。
しかし、まともに立っていられない。
四つんばいになり、岩にしがみつきながら周辺を見渡す。
周りは雲で覆われ周辺の状況がはっきりしない。
見えるのは一畳ほどの広さの岩の上の「祠(ほこら)」がある場所だけ。
人の立つスペースはほとんどないに等しい。祠に捕まりながら、バンザイのポーズを試みる。
「ビュー」
突然、突風が吹く。僕はとっさに祠にしがみつく。「オットットト、あぶねぇ、あぶねぇ」
とても両手を上げてバンザイのポーズはできない。
しばらくすると所々、雲が切れ周りの風景が見え隠れする。
ふと、岩の東側の切り立った崖の下を覗く。崖は垂直に落ちている。
思わず谷底を覗く。「ひぇ~」
僕は再び祠に捕まり座り込んでしまう。
垂直に切り立った崖の底は遥か下界にある。足がすくんでしまう。
それにしても、修はまだか、何をしてるんや。ちょっと心配になり登ってきた方向を振り返る。
10mほど下に修の頭がピョンコ、ピョンコと見え隠れしている。
僕は思わず声をかける。「修~、大丈夫か~」
修は手を上げ答える。
「お~、大丈夫だ!」
元気な声が返ってくる。
しかし、相変わらず蛙のように岩にへばり付きながら登ってくる。「そっちが、頂上か~」
修の声が聞こえる。
「そうや!もうすぐや、頑張れ~」
5分ほどして修は頂上の祠前に到着する。
僕たち二人は頂上に立った。
周りは、雲やガスがかかり全くは見えない。しばらくすると、雲が少しずつ流れ、徐々に周りの景色が見えてくる。
視界の先に稜線が見えてくる。「修~、見えてきたぞ~、前常念岳や」
僕は叫ぶ。
常念岳の山頂より尾根伝いに続く前常念岳への稜線が徐々に姿を現してくる。「うお~、凄いなあ」
修が呟く。
そして、視界の広がりは東側から南側に移っていく。
蝶ヶ岳に続く長い険しい稜線が徐々に現れてくる。「うぉ~、見えてきたぞ~」
修が叫ぶ。
思ったより鋭く険しいが美しい稜線だ。絵ハガキでよくみたことのある景色だ。
「修、あの鋭い稜線のず~っと先に見える山があるやろう」
「おお、見える、見える」
「あれが蝶ヶ岳や。これから、あそこまで、あの稜線の上を歩いて行くんや」
「…………」修は突然黙り込み、僕の顔を覗き込みながら言う。
「冗談だろう。あんなとこ、歩けるわけねえだろう。冗談は止めてくれよ」
「ほんまや」
「…………」修は口をあけたまま立ちすくみ、ぽつりとつぶやく。
「自信ねえよ…」
そして、西側に目をやると、穂高連峰の南端の前穂高と思われる山が姿を現してくる。
「うぉ~」
二人は思わず叫ぶというより唸る。
穂高連峰が姿を現してくると、その圧倒的な重量感に二人は思わず言葉を失ってしまう。雲に隠れていた時点では穂高連峰の尾根は目線の位置のほぼ平行線上にあろうと予測していた僕は、思わず見上げてしまうほど遥か上空に尾根はあった。
その圧倒的な重量感はまるで仁王像のごとく目の前に立ちはだかってくる。
「………」
僕たち二人はポカンと口を開けたままその風景を眺める。
なんという、迫力だろう。これが3000m級の山の迫力か。
僕は鳥肌が立ち、体が震えるのを感じる。
この迫力が、この感動が、北アルプスの魅力か。
これが人を山に惹きつけてきたのか。
「す、凄い、凄いなあ、修…」
「ああ……」二人は座りこみ、しばらく呆然として、その雄姿を眺め続けていた。
№9に続く
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー