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    初めての信州北アルプス登山 №1

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    そもそも、僕が山にのめり込むことになったのは10年前のあることがきっかけだった。

    高校時代の30年ぶりの同期会を終え、一段落している時だったが、会社のリストラ等で心身ともに疲れ果てていた僕に中尾絵里子と長谷川真弓は言った。

    「少しは仕事を離れ自然と接しては如何ですか。一緒に山に登りませんか。山に登ると心身ともに活力が沸きますよ」

      彼女達は休日になるとハイキングやちょっとした山登りで自然と接し、自然の素晴らしさを常々僕に説いていた。

     海に囲まれた沖縄の小さな島に育った僕は、海は当然好きだが、山に対して、特に雪を被った山に対して強い憧れを抱いていた。

     沖縄を離れ内地に出たときには必ず山に登ろうと決意をしていたが、入学した大学にはワンゲル部は無く、学生時代は山に登れずじまい。

     社会人になった僕は更に入社した会社でワンゲル部を探したがやはり無かった。そして、そのまま山に登る機会を失っていた。

     彼女達から山の素晴らしさを聞かされて、少しずつその気になった僕は、どうせ登るなら夢にまで見た信州の北アルプスに登ろうと密かに夢を描いていた。

     初めて京都の山に登ったのが2003年5月5日。京都市で有名な山で愛宕山(標高922m)僕は事前に体力をつけようと、まずは娘を誘い一緒に登った。

    若い頃山登りをしていた妻から
    「信州などにある3000m級の山を登るときは、京都の人はまず京都で1番高い愛宕山で訓練をするのよ」
    と聞いていた僕は軽い気持ちでまずは足慣らしと思い娘と一緒に登ることになった。

        愛宕山は時間的には山頂まで1時間半から2時間で登れ、下山までは4時間もあれば充分だと聞いていた。

       しかし、僕たちは、結局上りで3時間、下りで3時間、合計6時間も要してしまった。その後、一週間は足腰の痛みが取れず体力の減退を痛感し、さらに娘は二度と僕と一緒に山に登らなくなった。

     それから1年間、京都市内を望む山々を登り、2年後には滋賀県の比良山系の山を登ることになる。

     比良山系の山々は関西地方では唯一1000mを越える山々が連なり、風景も僕が描いていた登山のイメージがそこにあった。

     それから比良山系で一番高い山、武奈ヶ岳(標高1229m)を仮想北アルプスに見立て4回登ることになる。その間、中尾と長谷川にはまだ、北アルプスに登ることは伝えていなかった。

       そして、梅雨が明けた7月初旬、8月の盆休みの登山計画を話し合った際に彼女達はもう一度武奈ヶ岳を登ろうと主張する。
     僕はそこで初めて「この盆休みは信州の北アルプス登ろう」と言った。

      すると、二人はびっくりして言う。
    「北アルプスなんて、私たちにはまだ無理ですよ」
    「そんなことはないよ。もう3年も登ってきたんや。もう大丈夫だよ」
    「でも、北アルプスなら日帰りはできないんでしょう?」

    「もちろん日帰りは無理だよ。少なくとも、山で一泊はしなければならない。山小屋に泊まるか、テントを担いで登るか、いずれにしても日帰りは無理だよ。標高が3000m近くになると山頂に到着するのに一日はかかる。とても日帰りは無理だろう」

    「…………」

     二人は黙っている。

        僕は更に続けて言う。

    「僕の計画では12日の朝一番に京都を出て信州の松本に午前9時ごろに到着する電車がある。10時ごろから登り始めると頂上付近の山小屋に午後3時から4時には到着できる。その日は山小屋かテントで泊まり、翌日の13日は朝6時ごろから頂上をめざし、1時間ほど歩くと頂上に到達して、午後4時ごろには下山できる山がある」

    そこで中尾が言う。
    「私は14日にはお墓参りがあるので無理だわね。それにテントで寝るなんてとてもできないわ。山小屋では男女関係なく雑魚寝でしょう」

    「それとお風呂はないんでしょう?」

    「当然、山小屋に風呂なんてない。水が貴重で飲み水だけで精一杯なんだ」

    「風呂に入れないなんて、とても耐えられないわ」
    「3000mの山の上では水はとても貴重だから、そんな贅沢を言っていたらとても登れないよ」
    「そうですよ。一日くらい風呂に入らなくても。中尾さん、行きましょうよ」
    長谷川はしきりに中尾を誘う。
    「う~ん、ちょっと考えさせてくれる」

     結局、いつもの登山仲間の中尾と長谷川は日程調整がつかず同行を断念。結局はまたの機会にしようということになった。
     しかし、僕は一人でも決行することを心に誓っていた。

       でも、実際行くとなるとやはり一人では心細い。誰か同行してくれる仲間を探すことにした。

     山は初めてでも1000m級の山なら大概の人は登れるが3000m近くになると流石に誰でもというわけにはいかない。

    3000m級の山を登った経験者はいないかと僕は心当たりを探してみた。

     ふと思いつく。先日、東京で高校時代の友人松本修にあった際に彼は確か言っていた。

    「関東の山に登るのだったら俺が案内してやるぜ。高尾山あたりなら案内してやる」と自慢げに言っていた。
     彼の話では彼はアウトドアー派で信州ではキャンプをしたり、八ヶ岳に登ったことがあると言っていた。八ヶ岳なら3000m近い山のはずだ。そこに登った経験があるのであれば問題ない。

    よし、修を誘おう。

    7月25日、僕は修へ電話をする。
    「もしもし、オレオレ、元気ですか?」
    「お~、あんまり元気でもねぇよ」
    「どうした?体調でも悪いのか?」

    ちょっと元気のない声で修は答える。


    「いや~、体調はいいけどさ~。腕が腱鞘炎で仕事も週に三日から四日しか行けてねぇんだよ」
    「それは、しんどいことやなあ」

    高校時代の親友である彼の仕事は住宅のクロス貼りの職人である。

     これはちょっと無理だなと思い僕は誘うのを諦めることにして言った。
    「そうか、君の仕事は体が資本だもんな。まあ、頑張れよ」
    「ああ、ありがとう。ところで何か用事だったのか?」

    「うん、まあな…。実は信州の山に登ろうと思って、誰か一緒に登ってくれる人がいないか探していたんや。君も山に登っているとこの前聞いたので君を誘おうと思って電話したのだけど腱鞘炎ではとても無理だね」
    「山に登る?何処の山に登るの?」

    「うん、常念岳という2800mくらいの山なんや」
    「いつ行くの?」
    「8月12日に登り、山で一泊して13日に降りてくるけど」
    「そうか…。ちょっと嫁さんと相談するので、その返事2、3日待ってくれるか?」

    意外な返事だった。

    それから3日後に彼から承諾の電話があった。

    №2に続く
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